山本太郎という元議員、今「れいわ新選組」党首を考察する。

山本 太郎(やまもと たろう、1974年(45歳)は、日本の政治家、元タレント、元俳優。れいわ新選組代表、前参議院議員(1期)。自由党共同代表兼政策審議会長を務めた。兵庫県宝塚市出身。高齢年層に高い票基盤があると分析されている「れいわ新選組」の党首である。

1990年、箕面自由学園高等学校1年生の時に『天才・たけしの元気が出るテレビの「ダンス甲子園」に出場し、芸能界入り、芸能界入り当初は、デビューの経緯もありバラエティ番組向けのタレントであったが、トーク下手であったことなどから一発屋で終わるかと思われた。しかし1991年、映画代打教師 秋葉、真剣です!の準主役で役者デビュー。それ以来、「田舎の気の良いあんちゃん」など、肉体派でありながらどこか素朴さを持つ優しく真面目な面と、ヤクザの若頭などの強面も出来る面が定着。テレビドラマ出演デビューは1992年の『しあわせの決断』で、1996年にはNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』にヒロインの相手役である海東壮平役で出演。2000年の映画『バトル・ロワイアル』では重要な役柄を演じた。特に『難波金融伝 ミナミの帝王』シリーズの出演は20本。2004年にはNHKの大河ドラマ『新選組!』に登場するなど時代劇役者としても活躍している。また、NHK教育のトーク番組『トップランナー』では2005年から2008年まで司会を務めたり、世界ウルルン滞在記での体当たりのレポートでも人気を博す。

また2003年12月に開催された「サントリー1万人の第九」第21回公演に、一般参加者に混ざってテノール・パートにて合唱出演。当時「第九」はおろかクラシック音楽を歌うこと自体初めてだったという自身の公演本番に至る奮闘ぶりは、後日に放映された「1万人の第九」ドキュメンタリー『1万人の第九 山本太郎「第九」を歌う』にて紹介された。2012年公開の映画『EDEN』では、新宿二丁目のショーパブの店長であるミロという役で初めてのゲイ役に臨んだ。反原発の行動を起こして以来久々の本業復帰となったが、プロデューサーの李鳳宇から打診があったときには「この時期にボクの主演映画ですか…。李さんは勇気ありますね」と答えたという。2012年5月、プロサーファー割鞘朱璃(わりさやじゅり)と結婚。しかし新婚生活が始まっても山本太郎は月に1〜3度しか家に帰らず新婚生活が破綻、3ヶ月で離婚。その後一般人の女性と交際をはじめ、2012年11月に妊娠が発覚、太郎の衆院選立候補前には太郎に妊娠の事実を知らせる。

2012年12月1日、第46回衆議院議員総選挙への出馬と政治団体「新党 今はひとり」の立ち上げを表明し、同年12月5日に総務省へ届け出た。最終的には、東京8区から無所属(日本未来の党・社会民主党支持)で出馬。主に反原発、反TPP等を訴え、71,028票を獲得するも次点で落選した。山本は自民党が圧勝したことに憤慨し、報道陣の前で「このままでは極右化が進んでしまう。日本から脱出した方がいい」「はい、終わり。日本は終わりです。みなさん脱出したほうがいいんじゃないすか」と述べた。2013年7月21日の第23回参議院議員通常選挙では東京都選挙区から無所属で出馬、666,684票を獲得し4位で初当選した。選挙に際しては、生活の党、社会民主党、緑の党、新社会党 の各党の支援を受けた。

政治公約は原発の即時撤退・ガスコンバインドシステムと小規模水力の推進・国民が情報を得て避難できる権利の確立などや生活保護の不正受給は正されるべきだが、受給条件の厳格化は反対。「教育」「医療」「介護」の無償化を推進。憲法9条改正と集団的自衛権の行使に反対。総理は靖国神社に参拝すべきでなく、村山談話・河野談話を引き継ぐべきとしている。選択的夫婦別姓制度導入に賛成。等(ウィキペディアから引用)

私は彼は素晴らしい政治家だとおもっている。しかし今回の韓国問題で、すこし韓国よりの発言が目立つので「なぜ」という疑問から彼の過去を見たく成った。😁 やはり芸能界で韓国マフィアの影響を受けている。私は何人かそうした韓国資金で政界入りをした人やしようとしている人を知っているし、大概は女性を送り込み、資金提供を前提に結婚させる、韓国は確実に機密資金をこうした運動に使っている。彼がそうだとは言わないが、NHKをぶっ壊せの立花孝志議員が先日選挙の為に約1億円の借金があるが、政党補助金の1億3千万円には手をつけられないと言っていたが、選挙には多大な資金が必要である。特に山本太郎氏の場合、都知事選や鹿児島市長戦などにも関わっている。これらの資金が寄付金と言われているが、200万円までは寄付者名を公表する事は無いので、分散して寄付をする事は出来る。まあ少し気の回し過ぎかもしれないが。。。それに「新選組」という名をつけたのも納得した。😁

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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