中国最南端の海南島・その又最南端の三亜市で買った絵

写真右上は40年前の三亜市の海岸線で食事をする私、まだ若くて黒髪(笑)。フランスが作った新しい空港は未だ出来たばかりで売店すらなかった。海岸線にも情緒あるレストランがあり、南国を感じさせてもらった。れが写真右下のようにビルが建って、私に言わせれば中国のハワイとはすでに言えない。私は三亜には随分行ったし、中国もぶらぶらした。当時は香港にも事務所があり、真珠やその他の仕入れをしていたし、日本から香港ツアーの手配やお買い物のバックマージンもあった。今でもそうかもしれないが、当時の中国は2重価格で飛行機で香港から海口などへ飛ぶのと、深圳市まで行って乗るのでは倍以上の価格差があった。当時の南方航空は超ミニスカートのフライドアテンダンスが、反対側の非常扉の前に缶ジュースをダンボールで山積みにしてあり、離陸時には手で押さえていた(笑)

こんな時代に何度も行っていた三亜であったが、そこで目にとめた絵があったのが、これだが(写真左)未だに気に入って壁にかけている。まあしかし、今更思うがあの時中国に投資していなくて良かった。一時は成功させてくれるかも知れないが、その後は丸裸にされて、下手すれば逮捕だったのかもしれない。どうしたのかな。当時ゴルファーの青木がゴルフ場を三亜で開発していたが。。。。

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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