今第四の人生に向かっている。第三の幕開けはアエラの鄧小平特集に紹介されて始まった。

考えてみると歴史的な転換期に人生の転換を迎えているよな。でもあの頃は若かった。(笑)しかし第四の人生も頑張るぞ。パンデミックと言う歴史的な転換期なのだから。。。このアエラで一躍有名に成り、NHKの特番、雑誌週刊誌、テレビニュース番組、大手新聞の一面トップも3度出た。介護保険が出来ていなかった事もあるが、少子高齢化問題は大きな社会問題でもあった。まあその少子高齢化で第一の日本での仕事に終止符を打った訳なので、同じ問題を抱えている日本。女性相手の商品販売が第一の人生だったが、バブル時代だったが、女性は50歳を超えると急に購買力を失う特徴が有り、順調とは言えないが伸ばして来たビジネスだったが、競争同業者も増え、従業員も増え、借金も増え、それを拡大と言うのだが、この少子高齢化と言う言葉は重かった。先行き消費が落ち、競争が激しくなり、価格競争の末に利益が落ち、どうやって従業員の給与、如いては退職金を払えるのか。恐怖が過り、それから1年で業界2位の会社に買収して貰った。その会社も12年後には倒産するのだが、当初は、「お前馬鹿か、今会社を手放すとは、これからだ」と言われたが、2〜3年後には、「お前良い時に手放したな」となった。時の神はそうは微笑ま無い。次の第二の人生は5年と短い終焉を迎えた。そしてフィリピンで本腰を入れ始めたのが、フィリピンに移住して5年後の事であった。第二の人生はフィリピンとの行き来も含めた5年であった。当時は脳梗塞で倒れた父と認知症の叔母の介護優先でもあった。まあ昔の話だ。笑笑。

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