思い起こせば50年前の最初の車

当時は16歳で免許が取れた。親父に買って貰った最初の車。もっともそれ以降60台近い車を買ったが親父に買って貰ったのはこれが最初で最後。しかしスバル360は未だに素晴らしい車だと思う。真夜中の湘南ビーチやスキーにも良く行った。友達はホンダN360を愛用していたり、ダイハツキャロルもあったが、ミッドシップ(後ろにエンジン)車はダッシュやコーナーバランスが良い。その後は何台かの車を家族やお客や用途に合わせて使っていたが、ここ5年は前から20年落ちのトヨタMRSの1台だけを愛用している。 これもミッドシップ車でエンジン音が後ろから聞こえるが、50年前に蘇ったようでである。

フィリピンはヨーロッパ・アウトバーンを運転するように200km/hで走ってたら、後ろからパッシングされる事など絶対になく、道は高速でもガタガタで車内でコーヒーは落ち着いて飲めないし、誰も規律ある走り方もしていないので、精々120km/h出せれば十分である。それにお客を載せたりや空港送り迎えもしなくなったので、ツーシートで充分だという事でこれだけを既に5年間も乗っている。償却も無し、ローンも無し、気楽なもんだが、修理整備費は多少かかる。(笑) しかし5年前からは、フィリピンはこうした中古外国車( バス・トラックを除く)の完全輸入禁止で、こうしたトヨタMRSのような車は価値が下がらない。

5年前最後にこの車と併用して使っていたのはGMC(ジェネラルモータース)のセミワゴンで中は広く外部電力も引けて、フラットTVスクリーンも窓に張り、動く事務所として使っていた。何か昔に日本で持っていたキャンピングカーを思わせて良かったが、屋根が高く一般駐車場にも入らないし、ガソリンも結構食ったので辞めた。

しかしアメ車は最近の小っちゃいのは、馬鹿げているが、50年前、私は大のアメ車好きで、自分で買った最初の車はムスタング・マッハ。あれは良かったがが、次次年度は小型化したものの、当時のアメ車の弱みで、小さいエンジンルームでは直ぐオーバーヒートしていたので、やはり大きなサンダーバードやリンカーン・コンチと移っていった。はは まるでヤーさんの様だった。それで赤坂、銀座をウロウロしていたのだから(笑)。元嫁は当時お受験で子供を連れで彼方此方行っていたので、その他に常時車を買っていた。当時はバブルで金があったね。今と大違いだ。😢 30歳でロータリー会員。他の会員に影響されヨーロッパ車に転向して行ったが、大型アメ車の感覚は今でも好きなのであろう。今の若い人には考えられない感覚であり、車の歴史でもあるが、今の日本の軽カー感覚同様に、私には同時に小型車に対する感覚が、このスバル360で持たれたのであろう。あと2年、仕事を少し頑張るつもりなので、来月位には、人が多く乗れる車を買う予定だ。暫くこのMRSは本宅のガレージで休んでもらうおう。

今の日本だったら、車なんか要らないが、ここはマニラはまだ50年以上前、終戦後の東京である。

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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