32年の浦島太郎生活からの脱皮

私が生まれ育った時には家にはネイヤと言われるメイドは沢山いたし、庭先にはそうした人材の離れの家まであったが、小学生後半には誰も居なくなった。田舎から出て来て寝て食わせてもらえれば充分だと言う人が、日本の高度成長期と共に給与という形に変わり、それが他でも安易に手に取れるように成ったからだろう。

32年前、マニラに来て十何年住んだマンションは156平米で大きなリビング、ダイニングと大きな2つ寝室、各所に浴室、トイレ付き、その上に大きなメイド部屋(シャワートイレ付き)とドライバーの控室があり、勿論メイド2名とドライバーが要る生活からスタートした時には、幼い時を思い出していた。当時のマンション、私が居た処はマカチィのアヤラが最初に手掛けた最高級マンションはこうした従業員用エレベーターが別にあり、私たちとはエレベーターでは一緒に成らなかった。昔の日本の家を思い出す。

私のマニラ28年の歴史は、浦島太郎の生活だったのかもしれない。我々代以上のフィリピンに長く住む日本人の家でも未だにこうした生活が一般的だと思って暮らしている人も多く居るし、勿論フィリピン人上流家庭では一般的な暮らしである。

私はこのメイドが居ると、反ってストレスを覚えていた。最後に居たマンションも100平米で同じような暮らしだったが、マンション地下の駐車場から私の車ではなかったが1年間に4台の車が盗まれる事をきっかけに、マカチィは問題があると思い、4年前BGCの小さなマンションに越して来て、メイドは週一回にしたが、今回BGCで少し広い場所に越してっ来たが、この浦島太郎生活から脱皮しようと、全自動洗濯機も買った。今は洗濯も自分で簡単ボタンを一つ押せば済む。日本に居たら当たり前だが、20年給与も上がらず、探せば32年前と同じ費用で雇えるメイドだが、教育レベルの低下と言うか、使えば使うほどストレスが生まれる。今は週に1度2時間だけのジェネラルクリーニングだけを頼んでいる。洗濯も掃除も、食事も自分で遣る浦島太郎生活からの脱皮が完全にできるか。挑戦中である。

このメイドの他の問題点はフィイピン人友人宅で使っていたメイドが、心筋梗塞を起こし倒れたが、放って置くわけにも行かず病院へ連れて行ったが、保険もなく何もなく、4日後に死亡するまでの病院費用やその後の葬儀までで約100万円が掛かったと泣いていたが、フィリピンで人を簡単に使えるが、車を運転していてトライシクルと事故を起こしても、トライシクル側が100%悪くても相手には何も支払い能力が無い、その上警官も解ってるので、トライシクル側の見方となり、結局悪くない此方がお金を払わなくては成らないのと同じで、フィリピンで人を使う事は簡単だが、大きなリスクを背負う事に成る。それよりちょっと高い洗濯機の方が気楽である、という事である。(笑)

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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