今のスマホ・PCは既に買うに値しない陳腐化した代物・その1「何故?」

前に「人間はスマホは使うものであって、使われるものではない」とここで書きました。あんなにスマホ好きであった私が、今は全くスマホと言う形態には興味がない、むしろスティーブ・ジョブズの時代は終わったと思うと同時に、PCと言われるものの時代も終わったと感じている。

通信と言うものは、便利に地球の裏側の人とも、行かなくても直接話をしたい。という民の要求でも有ったのですが、同時に軍事という戦略の中でも欠かせないものです、故に第一次、第二次世界大戦で飛躍的に開発されたのですが、しかしその歴史は長く、世界最初の電話機から携帯電話まで100年以上の年月が掛かっています。同じように、人間があらゆる事が分かってくると、書いて計算したのでは一生掛かっても解けないものを、早く計算処理したいとの要求から、高速計算機として開発が進み、最初のコンピューターから、32ビットで汎用に使えるコンピューターが出来るまでに約50年間を費やしています。そして、この通信機能とコンピューターの合体において、スマホ及びPCが時代を変えてきて20年が経つのですが。

そこで疑問に思うことは、今までの概念がこのまま続くのか、という単純な疑問です。今のスマホやPCはアプリやソフトを利用者である人間が使いやすいために、アイコン化しているのですが、これはあくまでも、そのアイコンを人間が選択して、人間主導で操作が行われているです。 即ち、その人間の能力に応じた働き以上で機能することにはならない。例えば皆さんがよく使うエクセル。公務員さんやサラリーマンがお好みで使うのですが、しかし、エクセルの全機能を100%とすると、使っている人でも全体の25%位で、全体の75%は誰も使っていないというものです。即ち人間はいくら用意されたシステムでも、全てを使いこなせないという大きな弱点を持っています。星の数ほどあるアプリが、私を使ってとアプリのダウンロードを求めるますが、人間のほうがそれに対応できないのが現実で、では使わないものを多く持つシステムが人間を幸せに出来るのか?という疑問がそこに残ります。 故に今のスマホやPCは、このままで良いのか? 答えは簡単で、変えるべきである。と言う事になるのです。

では新たな方法や、それを管理するものは何なのか? 次の投稿をお楽しみに。

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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