隔離5カ月・マニラ男の手料理・趣味からビジネス化へ。

隔離5カ月・マニラ男の手料理で先週に気づきを感じたと話したが、もう自分の趣味で手料理は辞めた。私はサラリーマンを遣ったことが無い。しかし今回のウイルスは今までのビジネス経験で最大の危機との認識するしか無い、不動産やその他のビジネスは思った以上に崩壊が進んでいる。これは後で次回に説明するが、何を優先順位で遣ったら良いのか、結局人間食わねば死ぬし、3食2食と1日に必要である。その食についてのビジネスも再度考えている。今までの経験上、日本で遣った飲食や接待業は本業あっての趣味の域であったが、フィリピンでも、それまで20年近く遣って来た飲食業を12年前に、この馬鹿高い家賃、馬鹿高い物価、馬鹿な教育での社員の能力低下を理由に辞めたが、まあそれは全てのビジネスマンが持っている悩みで、私だけでは無い。それを解析し乗り越えるのが、本来のビジネスマンである。まあその一つの馬鹿高い家賃への対抗策で考えて既に作ってあった、オンライン・ビジネス、私自身、2年前は既に2020年には日本に片足と考えていたので、自分でビジネスに手を出さずに、誰かに遣ってもらおう思っていたので、名乗りを上げ、資金もあると言う日本人に任せたが、その日本人は良くいる悪い日本人であった。私の構想を自分が考えた様に周りに風潮して、皆から金を集めて夜逃げしてしまったので、仕方なく中断した。倉庫や事務所、車両も購入した後で有ったが、そのフィリピン彼女が詐欺同然に換金してトンズラしたのである。私は基本のショッピングサイトだけの運営で有ったので被害は軽傷で済んだが、フィリピンでは右のフィリピン人、左の日本人、何処を向いてもこんな感じであるのがフィリピンで有る。

しかし今回はフィリピン側の流動資金の拡充の為に、仕方ない全てを自分が仕切る事で遣るし、全ての問題点も自分で考えるという決心をした。そこでオンラインは家賃は要らないので高い家賃は回避できる。後は馬鹿高い物価。低品質。考えが無い馬鹿な従業員だが、マニラ男の手料理5年目だが、今でも本業で遣っている給食事業、今はウイルスで1日200食程度で赤字だが、最盛期には一食60ペソだが1日1200食を出していたし、今後も回復すればその程度にはなる。。こうしたノウハウから何をすれば良いか、何が出来るのかを解析した結果。「美味しいがこれでこの値段」という分野を開発するしかないと言う結論に達した。これは貧乏人相手の商売では無い。以前は普通にレストランを利用していた客層狙いで、前は1食2000円でも簡単に使えたが、今はお金を節約したいと思っている人々を対象とする、だから味や趣向を良くしなければならない。日本レベルのコンビニ弁当だが、フィリピンのコンビニ弁当は家畜の餌であり日本のコンビニ弁当とは違う、こうした対象者が幾らお金の為とはいえ、そこまでは落とせない。もっとレストラン食の感覚で食べたい。そうゆう需要を考えて、価格はP100(200円)と考え試作を作り始めた。そしてビジネス展開は、元々私のウエブ・ショッピング構想は、狭い地域で1店舗という概念で、生協の様に自己配送で狭いエリアで効率よくと言うのが主体なので、まずはBGCから行う。また日本人飲食職人は既存の常識を気にしすぎた眼クラなので、こうした発想には「その価格では無理ですよ」と言って話が進まない、メニューは自分で考え試作は自分で作り、その「その価格では無理ですよ」を実現させる。9月後半からスタートし、当面1日1000個の売上、次は地域を拡げて1日1万個の売り上げを目指す。P100ペソでの1000個は10万ペソ(20万円)月商600万円。1日で1万個は百万ペソ(2百万円)で月6千万円で、年商は7億2千万円を取りあえず目指す。この弁当以外にも食材や便利グッズも加えて行くつもりだ。スーパーを遣るのだが、最初は弁当からスタートする。

この3日で以下のメニューを作って自分で量や時間経過での劣化を試し始めた。メニューは弁当が当初30種目、おかず(サイドメニュー)は20種で50メニューからスタートし、朝食、昼食、夕食、晩酌用と考えれば、お一人で3食お買い上げして貰えれば、良く思って1000食でも3百人のお客が居れば達成できる。なにしろ自分で材料買って作るより安いので私も買いたい弁当を目指す。

今、下請けに成ってもらえる処と話し始めた。75ペソで納品、5ペソは容器代を此方で支給、残りの20ペソで此方が管理、配送を行う。支払いは現金、レセピは此方で用意するが75ペソでも利益が出るように考えている。サイト名は最初はBGCショップオンライン、これの次はマカチィショップオンラインと拡げて行く、下請け希望、メニューのアイデア(各国料理、デザートその他)は是非ともご連絡をしてください。使用会社は、うちのCool Japan Pavilion Inc. です。 これは15年前の発想でCook l I noteで考えたアイデアの転換ですので、15年間気にしていたビジネスモデルである。

故に試作したものは、結構凝ったものを主体として、例えばエビチリや鶏団子甘酢あんかけその他なのだが、しかしこれは私がたった3日の考えて作ったものなので、皆様のご協力も頂き、今後もっと良いものにして行きたい。

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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