日本の若者に経済的ゆとりを持たせるコンセプトの考えが纏まってきた。

私の未来論の根源は「人にとって「幸福」とは何か?」 それは「有り余る時間。有り余るお金」だと定義をしている。22世紀の日本人は1億総「貴族」の時代。昔は貴族とは、荘園と奴隷によるものだったが、22世紀の日本人貴族はAIとロボットによる貴族になる。「有り余る時間。有り余るお金」が有ったからとはいえ、今の成り金のように、馬鹿な買い物、馬鹿な飲食、馬鹿な遊びはせず、人間はその「有り余る時間。有り余るお金」から何か新たなものを創造していくであろう。特に今の高い住宅と25年の住宅ローンは人の預金を無くし、結局人生のゆとりを無くす元凶であり、常に2000万円以上のゆとりある預金を持つことが前提となる仕組みが必要であり、その為には最低時給1800円以上である事だとも考えている。しかし、既に生涯雇用は考えられない。人生で最低でも4回からそれ以上の転職が必要となり、それにより住宅があるが故に同地域内での転職を考えるが、それは厳しいものになると考えられる。遠距離通勤や別居通勤はコストが上昇し、安い給与にしかならない。
それが、私の考えているバースボックスという発想は移動できる住まいとそれを受け入れる施設の拡充である。これはキャンプ場ではない年利な場所にある住む所である。そこに電気水道下水浄化槽が準備され、移動してきたその瞬間にすぐに使える施設をどう作るかである。またそれに対応する住まいの開発である。現在「道の舎」が全国に整備されたが、それと同じく全国に整備できれば、移動できる住まいの開発にも拍車が掛かり、施設側の開発も進む事になるが、現状では卵が先か鶏が先かの状況である。私としては現在、東京近郊で1つの前例を作りたいと思って物件を探している。今後の自動運転が当たり前になる社会で何が必要かを考えてみたい。

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