フィリピンの医食同源

うちの施設の図書室には32年前勉強した介護や老人関係の本が多く残っています。他にも日本人の為に1000冊以上の書籍がありましたが、随分処分して今はあまり残っていません。図書室も食堂拡大で来月にはとり壊しとなります。

当時はかなり夢中で勉強したが、結局、人は死んで行き、時は動いている。しかし、人間の体の構造は世界中同じ構造で人種によっても変わらない。昔1994年から1998年までは日本語を教えず(当時はそんなルールは無かった)優秀な看護婦を介護人に落として日本に送っていたが、むしろ喜ばれた。日本の介護人のレベルでは気付かない、体の異常や変化の点までも、看護婦だから指摘できたからです。6か月して、日本の現場に行ってみると、既に日本語を自然と喋っていた。

私は未だに施設で働く介護人(個人専用介護人は別だが)に日本語を事前に教える事は無いと思っています。その代わり6年間の勉強の後に看護婦の免許を持っているものを送るべきだと思っています。

所詮、認知症にかかっているお年寄りに、素晴らしい日本語は必要ない。10のフレーズを繰り返すだけで、その中には日本語が良く分かっていれば、頭にくる言葉も含まれるが、解らなければ笑て済ませられる。それに依って介護の質が落ちずに済む。

私が何故日本以外で施設を作りたかった理由は、継続的介護社会です。簡単に言えば70歳、80歳、90歳と体の様態が代わり、状況が変わっても(ICUが必要ならば仕方ないですが)同じ場所で介護をして行く事です。日本は介護施設ではミスを恐れ、ちょっとした病気でも病院に送り込みます。しかし、何故、医師が往診してきて、介護人が介護出来ないのか?投薬が出来ないのか? 家族なら遣れるのに、介護人では出来ない。しかし介護人ではレベルが低いという現実もあり、うちでは医師を常駐。看護婦を常駐をさせて、投薬は看護婦。アイビー点滴は医師の手にゆだねましたが、しかし、病院のベットに送り込むことは手術やその特殊な場合を除き行わないと考えていました。

介護とは何か、日本でもそうですが、医師、看護婦協会が、自分の手のひらを大きくしようと考えて、家族たる介護人の力を削いでいるのです。

まあしかし、今やフィリピンでの介護や老後の暮らしの推進者であった私は既に、その反対者に成っています。このフィリピンの物価高、フィリピンの医療費高、下がる一方の日本の年金。これでは極めてフィイピンの老後は厳しい状況にあります。 その上、このお題にある 医食同源です。

日本人の奥様がご一緒で元気なら良いのでしょうが、第三世代のフィリピン人が作る食事は不健康な食事が多く、若いうちからこれを食べている人は、フィリピン人の平均寿命(統計は無いが66歳)でも解るように、寿命が短く。肉質タンパク質に頼り、大豆などの植物性タンパクが無く、その上に使いまわした油で揚げると言う肝臓維持には不適切な食事習慣には目を覆うものがあります。特に高齢になった場合には、食(ビタミン不足)から来る体力の低下(肝臓不全による疲労感)は免れないと思います。最もフィリピンの病院で、お高い部屋に入った人の、術後に部屋に出た食事がステーキだったという笑い話もあり、熱が出たら、日本なら暖かくして汗をかかせて冷ましますが、フィリピンではいきなり氷をあてられます。(笑) 

そんな訳でフィイピンの老後は厳しいと言う結論に達しています。

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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