今は遣らないゴルフだが。。

14歳の時から始めたゴルフ。ゴルフ同好会で学校の近くの打ち放し練習場と合意して、球拾いをするので無料で練習が出来るように成り、それまでは毎日野球だったが、毎日ゴルフ練習場通いに成った。成績は酷かったが学生大会にも出たことがある。当時はゴルフ場も少なく、安かったので、親父からの金だが良く行けた。それから1000万人ゴルフとなり、ゴルフ会員権は高騰し、馬鹿のように狭い日本に1500ゴルフ場も作るので、暴落となり、私も投資で買っていた日本のゴルフ会員権の一個は売りそこない廃棄処分。(笑) その後は余りゴルフをしなくなったが、マニラに来て、少しやるようになって、日本人が好むカンルーバンやセントエレナ等でプレーしていた。その中で日本人経営のTATフィリピナスゴルフはお風呂場もあり、日本からのお客様接待もあって会員に成った。写真がTATゴルフで、キャデイのピンクのユニフォームは私のデザインです。(日本の頃はデザイナー協会にも在籍)、当時はマニラでユニフォームも作っていたので、最初の2回まではうちが納品し、辞めた後は紹介先から納品をして貰った。ここの部長から何色のユニフォームを考えていると聞かれ即座にピンクと言ったら、それは他にないから考えてみろを言われてそうなった。1994年当時の話だ。その後TATはアンチィポロに、もう一つを計画したが、それが足を引っ張り消滅し、今はKCゴルフと改名され中国系の経営となっている。

現在マニラ近郊には100のゴルフ場があるが、会員の月額会費の未納等で、経営が安定しているのは半数である。逆に言えばゴルフ場経営する金(多分2億円程度)と意欲があれば簡単にできるという事だが、まあマニラの経済規模では50ゴルフ場位で仕方ない状況である。2000年以前のフィリピン日本企業全盛期ではこうしたゴルフ場は日本企業のコンペ、コンペで、土日は会員がプレーが出来ない状況だったが、その頃が懐かしい。あの頃はどのキャデイも片言の日本語を喋っていたが、(家田先輩が理事をやるカンルーバンゴルフは確実にキャディはまだ日本語)しかし、その他は今は韓国語、中国語なのかな。? 確かめてないがTATの会員権、KCゴルフでも使えるのかな?(笑)

munetomo.club 棟朝淳州

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