誰が日本の介護を真剣に考えているのか?

医療関係者が遣っている介護施設。要は病棟は増やせ無いが、介護施設という名前に変えれば介護保険やその他の助成金が出て、患者を横に置いとけるので、医療の売上も伸びる。病棟という名にすれば、差額ベット料や期間の限定が付く。

特別養護老人ホームは町医者がオーナーの場合も有るが、殆どはいつもの助成金狙いの地元土建屋さんがオーナーの場合が多い。介護と言うより器屋さんが助成金で建物を安く作って、それを介護専門職を雇って運営させ、理事長としての地位と収入を得る。

まあこれが介護の現状であるが、コストが上昇している現在、国の助成も限界に来ている現状下。利益が上がらずに、むしろ赤字体質に転じている。故に介護職は多く望まれているが、支給される給与は他の産業と比べても最悪なので、現在介護学校は入学希望者が激減、廃校に追い込まれる場合も出てきた。

私はフィリピンの事しか解らないが、少なくとも1995年から1998年までは国が推奨し、JITCOを経由して介護人を日本の特養に送っていた。当時は何も特別な規制もなく、家の介護施設と特養との間に業務提携契約だけで日本に送っていた。しかし私の考えはハッキリしていた。当時のジャパゆきさんレベルは決して送らない。介護といえど医療水準の知識を持たない人間を入れたら現場での混乱が起きる事は明白だ。今でも言えるが英語力が無くなり、即ち英語以外で勉強ができないこの国では、英語が出来なければ、即ち無能力者、無学者なので、まともな仕事は無い。当時のジャパゆきの場合もそうであったが、こうした英語が出来ない無学者に日本語を被せて日本に送っていたのだ。私は当時日本語が出来る、即ち英語が出来ない人は決して日本には送らなかった。むしろフィリピン5大大学で、医療に特化しているUST セント・トーマス大学の看護科でトップ10は必ずアメリカに持って行かれるが、その下を狙って日本に送っていた。それ故に現場では言葉は解らないが、言わなくてもテキパキ仕事をすると重宝がられた。言葉も6ヶ月経つとかなり上達していた。1998年こうした評判を恐れた医師会、看護協会にて封じ込められた。

それが今現場の悲鳴によって再開するが、言葉を重視した選考をしようとしている。馬鹿か?ジャパゆきさんの再来か? なぜ能力重視をしないのか? 無学者を送ったら、現場を混乱させるだけだ。最もフィリピンそんな英語が出来て素晴らしい能力者は、何が悲しくて日本なんかに行かないのも事実だ。1998年まで日本に送った看護婦は一人もフィリピンには残っていない。たまに手紙が来るが、イギリス、アメリカ、カナダに行っている。

私が日本に送る機関に関係するなら、能力者、即ち英語能力が高いものしか送らない。あそこから来るフィリピン人は優秀だというブランド化で日本で取り合いになる人を送りたい。

Atsukuni Munetomo 棟朝淳州

フィリピンに来て32年。多くの教訓を得ました。この度そうした教訓を皆様の海外生活で少しでも何かのお役に立てばと思いこうしたサイトをオープンしました。

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