「白洲次郎」から学ぶPrinciple プリンシプルとは

白洲次郎はPrinciple プリンシプル=原理、原則をモットーとしていた男。裕福な家庭に育ち何不自由もなく、英国のケンブリッチ大学に留学、年間4千万円の仕送で、日本人として英国でブガッティ・タイプ35やベントレー・3リットル(1924年)を乗り回していた。

この男は1945年(昭和20年)、東久邇宮内閣の外務大臣に就任した吉田の懇請で終戦連絡中央事務局(終連)の参与に就任する。GHQの要求に対して白洲はイギリス仕込みの英語で主張すべきところは頑強に主張し、GHQ要人をして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた白洲次郎、各種本やドラマ化もあり有名となった。

その白洲次郎が一番に言っていたことはPrinciple プリンシプル=原理、原則を自分内に持つこと、私も12歳の時にたった2か月だがアメリカに一人で留学。私の2人の子供にも12歳の時に一人でオーストラリア留学をさせた。金額的には彼の1000分の1にも成らないが、学習院に初等科からいて、それなりの裕福に育ち、大学の専門は16世紀のイギリス。父一人、子一人だったので、父のお蔭で当時のコスモにも乗っていた。しかしこれ以上に親に面倒を掛けたくないと思い。家庭教師で貯めたお金を元に19歳で事業を始め、マンションも借り、車もムスタングを買い、自活生活をスタートした。

まあそして今があるのだが、人生は山あり谷ありで面白い。白洲次郎氏同様に、イギリス英語から来る、特に貴族英語に含まれるプリンシプル=原理、原則は何か自分の体の中にあるように思える。To be or not To be シェークスピア・ハムレットの有名なセリフだが、「遣るべきか、また遣らざるべきか」「遣る」即ち「生きる」事で、「遣らざる」即ち「死ぬ」事である。故に多くの翻訳の中にはこれを「生きるべきか、死ぬべきか」と訳している人も居る。これは irony アイロニーで単に訳せば皮肉。反語。だが、それは表面的な立ち居振る舞いによって本質を隠すこと、無知の状態を演じること。この言葉の語源は、ギリシア語のエイローネイアειρωνεία「虚偽、仮面」、「よそわれた無知」であると解釈出来る。逆に言うと皮肉にも自分のハッキリとした立ち位置を持つという事にも繋がる。

先日ロシアのプーチィン大統領が安倍首相に「前提条件を付けない条件で平和不可侵条約を結びましょう」とい言ったが、白洲次郎氏がそこに居たら、こう切り返していたのではないでしょうか?「前提条件を付けないとうい条件を付けられているのだから、条件として4島返還ではなく、2島返還で平和不可侵条約を結びましょう」とね。 irony アイロニー。

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