料亭(茶屋)・置屋・仕出し屋の関係は商売の原点
若い頃は良かった。バカで赤坂まつり、副実行委員長もやった。だから赤坂の料亭や置屋には顔が利いたので、毎日と言って良い程、接待に使った。それに銀座の銀美会にも属していたので、銀座の一流バーも安く飲めた。故に全国の得意先が私に連絡をくれる時は、行ったことがない料亭や一流バーへの御ねだりだが、翌日には大きな注文をくれたバブル良き時代であった。私も料亭のお座敷に上がれば、三味線で一曲ぐらい歌わないと成らないので、小唄の練習にも熱が入っていた。この世界は芸者という唄、踊り、楽器、立ち居振る舞い、センス、見ぬ、聞かざる、存ぜぬの秘密主義、そして経済にも強い女性を求めてくる男性によって成り立っている世界。その女性を育てるのが置屋の仕事。置屋に住み込み、芸者になりスポンサーが付いて引退するまで、置屋が家と成る。まだ若い中高卒ぐらいから半玉として始まり、唄や踊り、その他をお師匠の所に習いに行き、すべてのお師匠にお墨付きが付いて芸者になれる。お師匠は芸者を引退した芸者から成り立っている。この置屋を取り巻き、着物屋、小物屋、お茶菓子屋が存在し、それぞれに行が成り立っている。言わば、住まい、教育付きの人材派遣業である。そして、教わる、教えるの人材のリサイクルがそこにある。だからよく言われる、何らかの仕事を終えた人を教壇に戻すという社会構造が必要なのかも知れない。
料亭とは、地域「料亭組合」に属しており、言わば場所貸し屋であるし、お客を持つマーケ千ィング屋でもある。故に自分で板前を抱え料理を出すことは、基本的になく、すべてのお客に出す料理は仕出し屋から持ってこさせる。しかし、芸者が「遠出」という言葉を使う。これは芸者が地域「料亭組合」以外の客の席に出ることを指すが、料亭だけの客では収入が不足することもあるが、遠出と言われる場所は、座敷を持つ料理屋が多い。私が秋口から春までは「ふぐ屋」の個室をよく使った。「雪見酒」「ひれ酒」だが、この場合、その料理屋と馴染みの深い置屋から芸者が来るが、自分の好みの芸者がいれば、その置屋に直接連絡する。仕組みさえ判れば、今のクラブやキャバレーのように、その店に行かないと、お目当ての女性に会えないという、拘束された仕組みとは違い。場所は選べるメリットがこの仕組にはあり、「粋」を感じられる。しかしビジネスとはこうした「共生」の中に存在することが必要であるし、それぞれの立場で、生き残りを考えられる。
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