付加価値で成り立っていた世界から、実質価値の世界への豹変。ブランドは生きられない。

私もバブル時代だが、銀座、赤坂、新宿に店を持っていた。バブル時代当時の家賃は高かったし、うちの社員は年収500万以上の高給取り。採算を合わせるには、原価率を低く抑える必要がある。その上デパートは35%から40%をピンハネされ、販売員も此方からの派遣。家賃を払うのも高い。ピンハネも高い。それは今も変わらい世界。当時私の会社の上代価格(お客様価格)の25%が原価で有った。お客様価格5万円の物なら、うちの原価は1万2千円で有った。当時バブルで良く売れたが、それでも苦しかった。

今東京。大阪、何処行っても金太郎飴のように以下のブランド品ばかりである。私に言わせれば詰まらない世界だ。私の計算ではあれだけお金を掛けて、広い面積で成り立つ為には、お客様価格の10%の原価で成り立つかどうかだ。即ちお客様価格5万円なら原価は5千円と成らないと採算が合わない。故にウイグル強制労働やイタリアの中国人労働者の大量違法移民の目こぼしによる、違法な製造で原価を下げている。即ち 銀座に大きく店を出しているブランドは全て違法の上に存在している。そしてそれを付加価値と言っている。

日本の消費者が馬鹿で無い限り、これを許す事は出来ないし、ブランド名だけでで高いものを買わされている事も事実だ。フィリピンにあるこうしたブランドも消えゆく運命だ。

これが、「俺のオートクチュール」を遣りたい訳でもある。日本人の縫い子さんが丁寧に作っても、安く出来る。ブランドで5万円なら、店舗やデパートを飛ばせば、通販なら3万円でも作れるし、売れる。正しくオートクチュールである。実質価格の世界がそこまで来ている。日本のファッション業界は江戸時代に戻る。

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